日本共産党逗子市議団

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2013年7月20日

陸前高田市長の戸羽太氏の講演会 被災地への思いを支援から応援へ

7月20日、なぎさホールで逗子葉山青年会議所主催で、陸前高田市長の戸羽太氏による「被災地の本当の話をしよう」という講演会とパネルディスカッションが行なわれ、多くの市民も訪れ、被災地の現状に驚き、被災地支援の必要性を改めて強く感じる講演でした。

 戸羽市長からは、東日本大震災から2年4か月、人口は24000人から4000人減り、その約半分が死亡と行方不明、残る行方不明者の捜索は、この1年間を通じても1人が発見される状況。残り217人は発見されていない。子どもたちの中には両親とも失った児童は29人、親を亡くした児童は150人もいる。被災者の中には、今でも心の整理がつかない方が多くいることが話されました。

 この間、警察・自衛隊の賢明な捜索には感謝しながら、実際に海中捜索をする海上保安庁職員は数名では見通しも立たない現状が報告され、各政党が参院選の公約や訴えから、被災地復興が見えなくなっている状況を批判されていました。

 震災後、被害者を出さなかったスーパー社長の発言で「心もちしだい」と厳しく批判されたことについて、市職員、非常勤、消防団員も多くの犠牲を出したことは事実でも、市長も奥さんを、職員も家族を失い、職員自身も被災者である中で、行政の仕事に携わり、仕事を優先して懸命に取り組んできたこと、そして「心もちしだい」だけで片付かないことを知ってほしいと言うことでした。

 そして、震災後、行政の仕事は、3週間ぐらい毎日、被災者の「死亡届」を受け付ける作業が続き、その作業を行なう市職員も被災者でありながらも、市民の不満がぶつけられる場面も多く、我慢もして仕事を続けましたが、結果として、その不満と苦情をぶつけられる辛さから、職場に戻れなくなった者もいたと言うことです。ある市職員は、「あぶないから行くな」と注意を受けながら、「あの人を助けたい」と安全な場所から救出に出かけ、亡くなられた話しをされていました。被災地では、生と死をわける出来事が幾多もあったと思われます。

 被災地復興を妨げている3点、①縦割り行政、②プライド ③無責任な政治家である指摘されていました。

 被災後、陸前高田市の市街地復興の区画作業を進める上で、発生した問題の事例が紹介されました。それは土地の所有者、地権者を登記簿から探して、土地の区画と改良について、ひとり一人から了解を取り付けることです。その作業が進展しない理由には、震災で亡くなった方が多く、全国(樺太、朝鮮も含む)に散らばった土地の権利を有する地権者にあたる事務があまりに膨大で、まったく目途が立たないと報告がされました。戸羽市長としても、法律の「改正」など改善できないかと政権与党の自民党、公明党の国会議員に要請しても、「法務省がよく言わない」と回答され、法律を作り、変えるのは政治家、国会議員ではないかと批判されていました。

 また、被災地ではガソリン不足が深刻な事態を生み、陸前高田市内のガソリンスタンドが使えず、自衛隊に給油を要請し、了解を取り付けた場面になって、経済産業省から「自衛隊にはさせないでほしい」と言われたこと。復興庁の職員と協議し、合意していたことが、職員の異動で人が代わり、新しく赴任した人から「この計画ではダメです」と言われる事態となり、「縦割り行政」と「官僚のプライド」に怒りを感じたこと。復興を妨げる問題が日々起きることで、被災地のジレンマがあると言われていました。

 「無責任な政治家」としては、防衛大臣は国会の委員会質問中に15分勝手にコーヒーを飲んで休憩、その15分間で国家的問題が発生しても、危機管理も対応もできないと批判。原発問題も、あれだけの事故が発生してもボタンを押しさえすれば止まると思っているようにしか思えない。そして東京電力の福島第一原発は、東北6県の中にあるし、本当に安全なら東京にも作れるもので、これからも原発を続けるなら福島の人にどう説明するのか、なし崩し的に進めることは大きな間違いを起こすことだと意見を述べられていました。さらに原発事故当時の管首相が、総理大臣を辞任後、SP(警護)を付けて四国88か所お遍路回りをしている姿は、被災地では、人が不足し、全国から警察や行政職員の応援を受けていることを考えれば、そんなことはではないと批判されていました。

 陸前高田市も震災前から、三陸沿岸の津波被害からも過去の教訓を生かし、とくに津波対策も取り組み、各地域の住民も避難訓練を繰り返し、備えていたつもりでした。しかし、行政も市民も、震災前の情報と経験から、十分な対応できなかったことが原因の説明がされました。まず陸前高田市の場合、大きな地震は宮城県沖地震で想定され、その予測は10年間で99%の確率で発生、そのため各地域には「津波ハザードマップ」も配布されていました。さらに予測では3メートルの津波で、防潮堤で十分防げるものと考えていました。また、市街地の予測でも、50㎝から1mでしたが、実際は10m~15mで、市民も指定された体育館などの避難所に逃げながら、大津波に襲われ、被害者が生まれてしまったと言うことでした。

 また、約1年前のチリ地震でも、「大津波警報」が発令、その時、多くの市民が高台に逃げましたが、実際の津波は数十センチで、警報も解除されず、長い時間、夜まで待機させられたことも重なり、今回の地震発生でも、NHKラジオの情報は、昨年と同様の「大津波警報」が発せられ、結果として1年前の経験があって、情報が軽く受け止められてしまっていたと言うことです。市民への情報伝達、情報の理解の難しさを指摘されました。

 被災時、絶望を強く感じていたが、「人との友情がある」と思い。それまでの考えを変え、自分の人脈、手段を選ばず、自分だけでないと思いをもって取り組み、友情と絆も広がり、戸羽市長のフェイスブック登録者は5000人となっていると言うことです。

 最後に、子どもたちと被災地へ思いを持ち続けてほしいこと。復興は5年や10年では、道路はできても、本当の街の復興には20年は係るし、子供たちが住み続けられるような町にしたい。「ノーマライゼーション」の言葉がなくなる地域をつくりたいと述べ、誰でもが被災地を思い、気持ちを忘れないでほしいし、何も具体的ではなくても、被災地を応援してほしいと訴えておられました。

 岩手県では民主党の小沢王国が続く中、陸前高田市では日本共産党員の中里長門さんが市長を2期8年務めていました。その引退を受け、後継として戸羽太市長(共産党支持)が激しい選挙戦を闘い、2011年2月13日に当選。翌月、3月11日に大震災に襲われたわけです。困難を超えて民主市政を続け、大震災の被害を乗り越え、復興に立ち上がった陸前高田市の人々を応援していきたいです。

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